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咥内坂トンネル01
咥内坂トンネル
(戦前絵葉書より)

はりまや橋を中心とした高知平野に路線を有する土佐電にはトンネルは存在しませんが、かつては安芸線に手結山トンネル(昭和5年開通)と伊野線に咥内坂トンネル(明治41年開通)がありました。前者は昭和49(1974)年に安芸線が廃線になった後にはサイクリングロード(県道501号・高知安芸自転車道線)に転用されて現存しており、後者は伊野線に並行する国道33号の改築工事によって昭和35(1960)年に取り壊されています。


咥内坂トンネル02
【A地点】 伊野側の旧道分岐
(平成21年10月31日撮影)

咥内坂は高知市と伊野町の境界にある標高30m弱の小さな峠です。前述したとおり昭和33(1958)年から同37(1962)年にかけて、峠を大規模に掘り下げる国道33号の一次改築が実施され、土佐電と国道が並行して峠を越える現在の形になっています。この工事によって咥内坂トンネルが撤去されると共に、トンネル上部を通っていた旧国道は分断されて通り抜けられなくなりました。
その後、平成9(1997)年に高知西バイパスが開通した後には、咥内坂を通っていた国道33号は県道386号・朝倉伊野線に移管され現在に至っています。


咥内坂トンネル03
【B地点】 伊野側の旧国道

谷間を切り広げて直線的に造られた現道(県道386号)に対し、旧道は山肌に沿う形で緩やかに高度を上げていくので、峠に近づくにつれて新旧道の高低差は徐々に広がっていきます。


咥内坂トンネル04
【C地点】 咥内坂の頂上付近

昔の空中写真等を確認すると高知道の橋が架かっている辺りから旧国道は現道に削り取られて消失しているようです。頂上付近の旧国道にはガードレールの外側に古いガードパイプが設置されていますが、これは現道の開削時に路肩を削られる形になった
旧道に設置したものではないでしょうか。


咥内坂トンネル05
【D地点】 市道から咥内坂トンネル跡を見る

失われた旧国道から外れて後付けの市道から振り返ると現道と土佐電の最高所が一望できました。土佐電の不自然に膨らんだ余地(看板が立っているスペース)は咥内坂トンネルの高知側坑口に接続していたカーブの名残であると言われています。いずれにしても咥内坂トンネルはこの写真の範囲内に存在し、その上を旧国道が通っていた事は間違いありません。咥内坂トンネルは延長2~30mの短いトンネルだったと伝わっており、おそらくは伊予鉄の衣山トンネル高浜トンネルのような跨線橋的なトンネルだったのではないかと考えています。


咥内坂トンネル06
【E地点】 咥内駅西側の踏切

伊野側の旧道が接続する市道から現道に下りると、土佐電には珍しく警報機付きの踏切(第3種踏切)に出くわしました。市道側からの見通しが悪いため警報機が設置されているのでしょう。


咥内坂トンネル07
【F地点】 咥内坂トンネル伊野側坑口跡

伊野側にも高知側と同じく道路の外側にトンネルに接続していたと思われる余地が残っていました。現地にはトンネルの遺構は何一つ残っていませんが、桟橋車庫の敷地内には要石が保存されているそうです。


咥内坂トンネル08
咥内坂トンネル
(戦前絵葉書より)



咥内坂トンネル09
咥内坂トンネルの要石が保存されている桟橋車庫



咥内坂トンネル10
【G地点】 高知側の旧道分岐

最後に高知側の旧道も確認しておきましょう。こちら側は咥内駅、咥内バス停付近から現道の南側に分岐し、伊野側と同じく地形に沿って高度を上げていきます。


咥内坂トンネル11
【H地点】 高知側の旧国道



咥内坂トンネル12
【I地点】 高知側の旧国道終点

高知側の旧道には土讃線との踏切がありましたが、この踏切は現道開通時に廃止されており、踏切の直前までが旧道の現存している部分です。


咥内坂トンネル13
【J地点】 市道から咥内坂トンネル跡を見る

踏切跡から峠にかけての旧道は掘り下げによって殆ど痕跡が残っていませんが、土讃線の傍には伊野側で見かけた物と同じ構造のガードパイプが深い薮に埋もれながら現存していました。


咥内坂トンネル14
咥内坂周辺地図



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