FC2ブログ
旧新橋停車場01
旧新橋停車場
【近代土木遺産Aランク】

明治5(1872)年9月、日本最初の鉄道として新橋~横浜間が開業しました。その後、東海道本線は西に向けて延伸を続け17年後の明治22(1889)年には神戸まで全通し、新橋駅は日本の第一幹線の始発駅として大いに繁栄したものの、大正3(1914)年に東京駅が開業すると新橋駅は新たな本線上に移設となり、旧駅は汐留駅と改称のうえ貨物専用駅となっています(初代・新橋駅舎は大正12年に関東大震災によって焼失した)。
昭和62(1987)年には国鉄の全体的な取り扱い貨物量が減少したため汐留貨物駅は廃止され、都心の一等地に生じた広大な駅跡地は再開発によって日本テレビタワーを始めとする高層ビルが建ち、その一角には鉄道歴史展示室として開業当時の新橋駅舎が再建されました。


旧新橋停車場03
初代・新橋駅舎

この建物は、1872(明治5)年10月14日(太陽暦)に開業した日本最初のターミナル新橋停車場の駅舎の外観を、当時と同じ位置に、できるだけ忠実に再現したものです。
新橋停車場駅舎は、アメリカ人R・P・ブリジェンスの設計により、1871(明治4)年5月に着工、同年12月に完成し、西洋建築がまだ珍しかった時代の東京で、鉄道開業直後に西洋風に整備された銀座通りに向かって、偉容を誇っていました。
1914(大正3)年、新設の東京駅に旅客ターミナルの機能が移り、それまでの烏森駅が新橋の名を引き継いで現在の新橋駅となり、貨物専用駅となった旧駅は汐留駅と改称、物流の大拠点として戦前戦後を通じて東京の経済活動を支えました。
(中略)
1986(昭和61)年、汐留駅はその使命を終えて廃止され、跡地の再開発工事に先立つ埋蔵文化財の発掘調査が1991(平成3)年から行われた結果、旧新橋停車場駅舎とプラットホームなど構内の諸施設の礎石が発掘されました。1996(平成8)年12月10日、駅舎とプラットホームの一部の遺構が史跡『旧新橋停車場跡』として国の指定を受け、この史跡を保護しつつわが国鉄道発祥の往時を偲ぶために、駅舎を再建することになったものです。
(現地の案内板より)



旧新橋停車場09
旧新橋停車場跡の発掘現場
(平成3年頃)



旧新橋停車場02
再開発の際に発掘された初代駅舎の玄関遺構






旧新橋停車場04
旧新橋停車場

駅舎の裏側にはプラットホーム及び軌道の一部、東海道本線の起点を示す0哩標識(0キロポスト)が復元されています。


旧新橋停車場05
盛土式石積構造のプラットホーム



旧新橋停車場06
0哩標識と軌道



旧新橋停車場07
再開発の際に発掘されたプラットホーム遺構



旧新橋停車場08
ホーム側から撮影された初代・新橋駅舎






旧新橋停車場10
日テレ大時計と長女
(平成22年4月17日撮影)

前回、旧新橋停車場を訪れたのは東京に出て来て間もない平成22年4月。この8年間では新橋の街並みには大きな変化はありませんでしたが、長女の成長ぶりに月日の流れを感じさせられました。来年辺りは立川からも転勤かな。


旧新橋停車場11
日テレ大時計と長女
(平成30年6月9日撮影)






旧新橋停車場12
日テレタワー前の都道405号(開通前)
(平成22年4月17日撮影)



旧新橋停車場13
日テレタワー前の都道405号(開通後)
(平成30年6月28日撮影)



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://haisentn.blog41.fc2.com/tb.php/1083-b54b2f83
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック