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桃木坂旧道

須崎市と佐川町を結ぶ国道494号は四国新道の一部として明治22(1889)年に開通しました。四国新道とは大久保諶之丞の提唱によって建設が決定した丸亀~高知~松山及び佐川~須崎を結ぶ四国初の広域幹線道路で、現在の国道32号、33号、494号(佐川~須崎間)の原形になったものです。馬車の通行を念頭に置いていたため、広い幅員と勾配を抑えた近代的な道路であり、佐川~須崎間は平成4(1992)年に斗賀野トンネルが開通するまでは明治時代と殆ど変わらない道筋でした。
この中でも特に特徴的だったのが須崎側の連続ヘアピンカーブで、四国新道の建設理念である広幅員と緩勾配を体現するかのような構造でしたが、さすがに現代の交通事情にはそぐわず、 当該区間には佐川・吾桑バイパスの新道(第2工区)が真っ先に暫定開通しました。


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【A地点】の旧国道

今回は第2工区(桃木坂トンネル、宮が谷トンネル)の旧道を佐川町側から見ていきましょう。現在地の標高は約105m、平地となる標高30m地点まで直線距離では900mのところ、旧国道は約1.8kmかけて緩やかに下っていきます(平均勾配4.1%)。


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【B地点】 桃木坂トンネルと旧国道

今回の記事では旧道の名称を「桃木坂」としていますが、これは新道のトンネル名から便宜的に取ったもので、旧道の坂道が本当に「桃木坂」という名称だったのかは定かではありません。


桃木坂02
【C地点】 須崎市国見
(平成23年10月9日撮影)

新道開通後も暫くは旧道も国道指定が継続していたようですが(上の「平成26年版スーパーマップルデジタル」でも国道色で表記されている)、平成30(2018)年現在では国道指定から外れ市道に移管されているようです。よって旧道区間に一つだけあったこの国道標識も現在では撤去されているかも。


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【D地点】から【E地点】にかけての連続ヘアピンカーブ
(標高83m~70m)

見た目には美しい連続ヘアピンも交通量が多かった現道時代には通り抜けるのに疲れる道でした。これらのヘアピンカーブが明治時代の面影をどれだけ残しているのか存じませんが、少なくとも明治39(1906)年に発行された地形図には現在と同じ線形で描かれているので、多少の拡幅等があったとしても私は「桃木坂旧道の連続ヘアピン群」には近代土木遺産的な価値があると思っています。


桃木坂06
【F地点】から【G地点】にかけての連続ヘアピンカーブ
(標高70m~50m)

なお、現道時代の追越禁止が旧道化した後には解除される事例がよくあるけど、この旧道に関してはこれだけヘアピンカーブが連続しているにもかかわらず、何故か現道時代から追越禁止区間にはなっていませんでした。


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【F地点】 宮が谷トンネルと旧国道のヘアピンカーブ

羊腸の旧道に対して新道は緩やかなカーブだけで構成されています。これが100年以上の年月によって生じた設計理念の相違というものなのでしょう。


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【H地点】 宮が谷トンネル 須崎側坑口

旧道の連続ヘアピンを回避すると第2工区の新道は終点となり、工事用道路を転用した急勾配(12%)の接続路で現道に復帰します。2工区と繋がる3工区には3つのトンネルと2つの橋がありますが、平成28(2016)年の空中写真を見ると主要な構造物は完成しているので、あと数年以内の内に開通する事になると思います。


桃木坂09
桃木坂旧道


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コメント
この記事へのコメント
大正時代に大正天皇の高知巡幸に合わせて手直しされているはずです。ところどころ残る古い橋台はこのときできたと思います。おにぎりはなくなってます。
2018/05/07(月) 18:02 | URL | #-[ 編集]
名前を書き忘れてました。
2018/05/07(月) 18:06 | URL | 九朗 #lcZPo9ns[ 編集]
おにぎりは無くなってましたか。
ここは好きな道なので夏に帰ったときにでも見てきます
2018/05/09(水) 01:08 | URL | しろ #cim2vaZ6[ 編集]
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