松山市駅01
明治時代の松山駅(現・松山市駅)
(戦前絵葉書より)

この絵葉書は明治43(1910)年に松山駅(現・松山市駅)を撮影したものです。
伊予鉄道が四国初の鉄道として松山~三津間を開業したのは明治21(1888)年。当時の駅舎がどのような建物であったのかは不明ですが、松山市のホームページには明治41(1908)年の出来事として、「伊予鉄道、松山駅改築落成式・創業20周年の祝典を挙行する」 との記載があるので、絵葉書の駅舎は初代から建替えられた二代目に当たるのではないかと思います。


松山市駅02
大正時代の松山駅(現・松山市駅)
(戦前絵葉書より)

続いて大正7(1918)年4月竣工と記載されている洋館風の伊予鉄道電気本社(当時)及び松山駅舎。大正7(1918)年竣工が事実だとすると、明治41(1908)年の松山駅改築落成式から僅か10年しか経ってないので、そんな短期間で駅舎を建て替えるものだろうかという疑義が生じるところですが…。この辺の正確な事情については伊予鉄の五十年譜なり百年史を紐解いてみると明らかになるかもしれません。


松山市駅03
昭和25年に復旧した松山市駅舎

大正時代に完成した駅舎は昭和20(1945)年7月26日、城南地区を焼き尽くした松山空襲によって消失してしまいました。そのため戦後しばらくの間は仮設の駅舎で営業せざるを得ず、本格的に駅舎が復旧するのは戦後復興が一段落した昭和25(1950)年まで待たねばなりませんでした。なお、この間の昭和22(1947)年には戦後の焼け野原に、市駅と南堀端を結ぶ花園線(L=0.4km)が開通しています。


松山市駅04
伊予鉄の本社及び松山市駅復旧記念絵葉書

また、松山市駅が復旧した昭和25(1950)年には郡中線の電化も完成しており、これらの慶事を記念する絵葉書がセットで発行されました(郡中線電気記念絵葉書)。


松山市駅05
現在の松山市駅
(平成22年3月17日撮影)

そして戦後復興による駅舎も完成から20年ほど経つと松山市の中心駅としては手狭になってきた事から、昭和46(1971)年に「いよてつそごう」(現在の「いよてつ髙島屋」)が入居した伊予鉄ターミナルビルが完成。
この駅ビルは平成13(2001)年に業務提携先が「そごう」から「高島屋」に変更となる際に大規模なリニューアル工事(増床、大観覧車(くるりん)の設置等)が実施されて現在に至っています。こうして整理してみると、松山市駅の歴代駅舎の多くが事情は違えど築20年程度の短命に終わっている中で、現駅ビルだけが40年を超える長命を保っている事実が浮かび上がって来るようです。
ちなみに、そごうグループが経営破綻した平成12(2000)年は、県内においても平成不況の真っただ中であり、長年にわたって慣れ親しんだ「いよてつそごう」が無くなるという報道には多くの県民が衝撃を受けました。





松山市駅06
大正時代の松山駅舎
(戦前絵葉書より)



松山市駅07
現在の松山市駅
(平成20年2月28日撮影)



松山市駅08
伊予鉄・花園線(路面電車)の松山市駅前駅
(平成21年1月8日撮影)



松山市駅09
松山市駅屋上の大観覧車(くるりん)から見た松山市街
(平成27年8月1日撮影)






松山市駅10
松山市内の構内
(平成20年7月27日撮影)

松山市駅は複線の高浜線・横河原線(直通)に郡中線が隣接する3面3線の構造。左側(北側)から横河原線、高浜線、郡中線が発着しています。


松山市駅11
1番線に停車中のモハ815形(平成22年廃車)
(平成20年2月12日撮影)




松山市駅12
松山市駅から郡中線、高浜線を見る
(平成19年11月3日撮影)



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