西平井橋01
(旧)西平井橋の親柱
(平成23年2月26日撮影)

「イオンモール日の出」辺りから都道185号・山田平井線を北上すると、西平井交差点にて都道184号・奥多摩あきる野線に突き当たります。この交差点の片隅には信号待ちの僅かな待ち時間にも、明らかにそれと分る立地で旧橋の親柱が保存されています。親柱に刻まれた竣工年は昭和4(1929)年5月、新橋に架け替えられたのは平成9年(1997)の事です。

【(旧)西平井橋】
昭和4(1929)年竣工
延長29.3m、幅員7.4m
RC桁橋
平成9(1997)年廃止


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肱川橋01
(旧)肱川橋
(戦前絵葉書より)

大洲街道(現・国道56号)の肱川橋は明治6(1873)年に浮亀橋(うききはし)という名の舟橋が架設された事に始まります。大正2(1913)年には肱川では初めての永久橋となる肱川橋(鋼トラス橋)に架け替えられ、肱川橋によって不要となった浮亀橋の資材は少し上流側の冨士橋(旧県道44号)に転用されました。


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冨士橋01
戦前の冨士橋

肱川第一の景勝地として知られる臥龍淵(愛媛県大洲市)。
大正2(1913)年に肱川橋が完成すると、肱川橋の旧橋である浮亀橋(舟橋)が臥龍淵の少し上流に移設されました。この舟橋が初代の冨士橋(とみすばし)に当たります。その後、昭和初期にはコンクリ製の沈下橋(上の絵葉書に写っている橋)に架け替えられたとみられるものの、この橋については大洲市誌等にも記載がなく詳細は不明です。


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金山橋02
【A地点】 南側から撮影した金山橋
(平成28年3月19日撮影)

帰省時に大洲市内の旧国道56号を走行していると平成25(2013)年3月に国道441号・北只バイパス(愛媛県大洲市)が開通した事によって、旧国道56号線の金山橋からの景色が一変している事に気付きました。
金山橋は昭和43(1968)年に開通した大洲隧道の旧道(国道56号)の南口に当たっています。この旧国道56号の大部分は現在では国道441号線の指定を受けていますが、元々が旧道である上に市内北只~松尾間には並行路線である国道56号→広域農道が2車線完備されている為、改修工事はは遅々として進まないようです。


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ばりき家01
醤油チャーシュー(1,060円)+ねぎ(130円)+中盛(100円)

今日は所用で立川駅北口に行ったので、帰りに立川における家系ラーメンの雄「ばりき家」に行ってきました。メニューには醤油or塩、太麺or細麺、ラーメンorつけ麺など色々と選択の余地がありますが、「ばりき家」は初めてだったので家系の基本である太麺の醤油ラーメンにしときました。ラーメン(麺+汁)が美味いのはもちろんの事、脂の乗ったチャーシューも絶品でした。接客の点についても申し分なく、気軽に行ける美味い店として機会があれば是非とも再訪してみたいと思います。


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富山の路面電車01
富山大橋
(戦前絵葉書より)

富山大橋は国道8号(当時は大正国道11号)が神通川を渡る橋として昭和10(1935)年に架設されました。橋の中央部には富山地鉄市内線の軌道が敷かれ、当時の富山県内では最先端かつ最大規模の橋でした。昭和49(1974)年には富山高岡バイパスが開通したため国道8号からは外れたものの、新たに県道44号(富山高岡線)の指定を受け、引き続き富山市内における東西交通の一端を担い続けていました。
しかしながら車道部分が上下一車線ずつしかないため当橋に起因する渋滞は年々激しくなり、築60年以上が経過した2000年代に入ると老朽化も顕著になってきました。そこで平成18(2006)年から架け替え工事が始まり、6年後の平成24(2012)年には(新)富山大橋が開通しています。
なお、(旧)富山大橋の架設以前には同じ位置に神通新大橋(明治42年開通)という木橋が架かっていました。(富山大橋のパンフ


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美濃赤坂駅01
美濃赤坂駅

美濃赤坂駅は東海道本線の大垣駅(岐阜県大垣市)から分岐する赤坂支線の終着駅として大正8(1919)年に開業しました。近隣で産出される石灰石輸送を主目的としている事から、駅構内には旅客ホームの他に広大な貨物ヤードが設置されています。昭和3(1928)年には当駅からさらに奥地の市橋駅まで西濃鉄道が開業し、赤坂支線を介して東海道本線との直通列車の運行も始まりました。
現在は貨物専用線になっている市橋線ですが戦前の一時期は旅客の扱いも行っており、市橋線の旅客列車が終着駅としていたのが美濃赤坂駅の北隣に位置していた赤坂本町駅でした。市橋線の旅客営業は戦時中の燃料統制によって昭和20(1945)年に終了した為、旅客専用駅として開設された赤坂本町駅は役割を喪失する形で廃駅になっています。


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