
府中病院の標石
今日は府中市の多摩総合医療センターに入院している職場の人をお見舞いに行って来ました。
帰りに敷地内を喫煙場所へ移動していると、道端に「東京都立府中病院」と刻まれた標石を発見。ググってみると平成22(2010)年まで、この地には総合医療センターの前身である都立府中病院が建っていたそうです。
これが隧道や橋の扁額や銘板なら大発見というところですが、さすがに病院マニアというジャンルの趣味を持つ人はいないだろうな。
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相州箱根湯本三枚橋
(戦前絵葉書より)
小田原と箱根湯本を結ぶ鉄道は明治21(1888)年に開業した小田原馬車鉄道に始まります。この馬車鉄道は明治33(1900)年に電化して小田原電気鉄道と改称し、昭和3(1928)年には箱根登山鉄道が設立されました。
箱根登山鉄道の線路は現在では一貫して早川の左岸を通っていますが、開業から約20年間は三枚橋付近で一旦右岸側に渡っていたようです。この右岸ルートは明治43(1910)年8月に発生した大洪水によって早川に架かっていた橋梁(前田橋と落合橋)が流失してしまった為、大正2(1913)年に線路を左岸の国道1号線上に移設して併用軌道として復旧しました。
その後、昭和10(1935)年になると小田原~箱根湯本間に現在の鉄道線が開通し、並行路線となった早川口~箱根湯本間の併用軌道は廃止されています。
よって三枚橋付近の早川左岸に併用軌道が敷かれている上記絵葉書の撮影時期は、大正2年から昭和10年までの22年間に絞られるでしょう。

鳥形山鉱山周辺地図
別枝大橋から岩屋川沿いの林道(緑資源幹線林道・小田池川線)を遡っていくと昭和43(1968)年から開発が始まった鳥形山石灰石鉱山(高知県吾川郡仁淀川町)に辿り着きます。鳥形山の石灰石は豊富な埋蔵量と良質で知られており、標高1,000m以上の高山で年間1,200万トンもの石灰石を産出する大規模な露天掘りが行われているのです。
鳥形山への道は、他には大渡ダム付近からの高瀬ルートと南側からの泉ルートがありますが、別枝ルートが道幅が広くてカーブも緩やかなので無難で通行しやすいルートだと思います。

鉢地坂隧道 本宿側坑口
(開通紀念絵葉書より)
愛知県の岡崎市と蒲郡市の境界には国道473号線の鉢地坂隧道が通っています。
鉢地坂隧道の必要性は明治30年代から地元の名士・尾崎市右衛門などによって訴えられていました。しかしながら当時の道路隧道としては長大な部類に入る隧道だった事から実現は容易ではなかったようです。鉢地坂越えの山道が県道切山蒲郡停車場線に指定され、隧道着工へ向けて一歩前進した大正9(1920)年に市右衛門は世を去りますが、13年後の昭和8(1933)年に遂に鉢地坂隧道は竣工の時を迎えます。開通に際しては本宿側の坑口前で盛大な開通式が挙行され、蒲郡側の坑口前には現在にも残っている市右衛門を功績を称える石碑が建立されています。