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田端大橋01
大正12年頃の(旧)田端駅付近

この絵葉書は関東大震災直後の大正12(1923)年9月の田端駅付近を撮影したもの。震災の被害から逃れるために多くの人が線路上を歩いて避難しています。なお、古地図等を見ると日本鉄道によって明治29(1896)年に開業した田端駅は現在地よりも少し北側にあったようです。


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博物館動物園駅01
博物館動物園駅跡
近代土木遺産Bランク

昭和8(1933)年に開業した京成電鉄の京成上野駅~日暮里駅間(駅間2.1km)には、かつて博物館動物園駅(京成上野起点0.9km)がありました。駅名のとおり東京国立博物館と上野動物園に面した立地でしたが、ホームの長さが4両分しかなかったため次第に停車できる列車が減少し、末期には利用客も200人/日程度と少なくなっていた事から、平成9(1997)年以降は休止扱いとなり、平成16(2004)年に正式に廃止されています。休止後も地下ホームへの出入口は残っていて、最近になって平成30(2018)年秋に駅跡の一部が公開される予定であると報道がありました。
なお、当駅は休止になる2年前の平成7(1995)年には、こち亀に「幻!?の博物館動物園駅の巻」 (コミック95巻に収録)の題名で登場した事があり、この話を私もジャンプで読んでいた世代です。

京成が旧「博物館動物園」駅を21年ぶり公開 今秋、芸大が改修・一般公開

京成電鉄(千葉県)は19日、京成本線京成上野-日暮里間にあった旧「博物館動物園駅」(東京都台東区上野公園)の内部を報道陣に公開した。一般への公開は21年ぶり。平成9年の営業休止、16年の駅廃止後も、駅舎は開業した昭和8(1933)年当時のまま、西洋風の外観を今に留め、構内も営業を休止した時の姿を残している。
(中略)
改修は7~9月に実施。駅舎の外観は残し、入り口から階段の踊り場までのタイルや建具の修繕、清掃を施す。入り口扉は現代美術家の日比野克彦氏がデザインを担当。踊り場から先はガラス張りとなってホームまで行けない造りになるが、構内は展示スペースにする。


産経新聞 平成30年6月19日(火)配信記事より


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旧新橋停車場01
旧新橋停車場
【近代土木遺産Aランク】

明治5(1872)年9月、日本最初の鉄道として新橋~横浜間が開業しました。その後、東海道本線は西に向けて延伸を続け17年後の明治22(1889)年には神戸まで全通し、新橋駅は日本の第一幹線の始発駅として大いに繁栄したものの、大正3(1914)年に東京駅が開業すると新橋駅は新たな本線上に移設となり、旧駅は汐留駅と改称のうえ貨物専用駅となっています(初代・新橋駅舎は大正12年に関東大震災によって焼失した)。
昭和62(1987)年には国鉄の全体的な取り扱い貨物量が減少したため汐留貨物駅は廃止され、都心の一等地に生じた広大な駅跡地は再開発によって日本テレビタワーを始めとする高層ビルが建ち、その一角には鉄道歴史展示室として開業当時の新橋駅舎が再建されました。


[東海道本線・旧新橋停車場]の続きを読む
田井橋梁01
田井橋梁 東側坑門

明治43(1910)年に岡山~宇野間が開業した宇野線は、備前田井駅から児島トンネルにかけて盛土による築堤が多用されたため、元々この地を通っていた道路との交差部には開渠を設ける必要があり、国道30号(現在の県道22号・倉敷玉野線)との交差部には大きな迫石が特徴の田井橋梁が建設されました。昭和43(1968)年に西谷ループ橋が開通し、田井橋梁を潜る道は国道30号からは外れましたが、築100年以上が経過した現在も往時の姿を保っています。

【田井橋梁】
明治43(1910)年開業
石拱渠
近代土木遺産Cランク


[宇野線・田井橋梁]の続きを読む
渋谷道玄坂トンネル01
渋谷道玄坂トンネル 神泉側坑口

渋谷駅の西側は開発によって本来の地形が分かりにくくなっていますが、道玄坂をはじめとする丘陵地帯であるため西隣の神泉駅も二つのトンネル(神泉トンネルと渋谷道玄坂トンネル)に挟まれた構造です。このうち渋谷側のトンネルは「渋谷道玄坂トンネル」と言い、神泉側のみ近代土木遺産に指定されています(渋谷側は昭和後期に改築済)。

【渋谷道玄坂トンネル】
昭和8(1933)年開業
コンクリートトンネル(単線並列)
延長約320m
近代土木遺産Cランク


[京王井の頭線・渋谷道玄坂トンネル]の続きを読む
本村隧道01
本村隧道 南側坑門

明治31(1908)年に淀橋浄水場が完成した事に伴い、和泉~淀橋浄水場間に玉川上水の新水路が開通。新水路は高さを一定に保つ必要がある事から、標高の低い場所には盛土をしたため天井川のような様相を呈しており、道路と交差する部分のうち3ヶ所には天井川と同じくトンネルが建設されました。この3つのトンネルの中で最も東側にあったのが、ギリシャ神殿のようなピラスターを持つ本村隧道(第三隧道)です。
本村隧道の竣工は大正9(1920)年と言われ、新水道の開通から12年も経っている訳ですが、現在の隧道が開通する以前の交通形態(隧道or橋)については調査不足のため分かりません。

【本村隧道】
大正9(1920)年竣工
RC拱渠
延長27m、幅員-m、制限高3.5m
近代土木遺産Bランク


[本村隧道(東京都渋谷区)]の続きを読む
沼部隧道01
沼部隧道

大田区最古の隧道と言われる沼部隧道は昭和9(1934)年の完成。隧道と言っても中原街道(都道2号・東京丸子横浜線)の丸子橋に接続する築堤に開けられたものなので、正確にはアーチ橋(拱渠)に属するような気もするけど、この手の「隧道」なのか「拱渠」なのか微妙なケースは全国各地にあって、どちらに分類するかは基本的に管理者任せになっているようです。
なお、沼部隧道と共に完成した丸子橋は老朽化及び車線拡幅のため、平成12(2000)年に架け替えられ橋の袂に親柱が保存されています。


[沼部隧道(東京都大田区)]の続きを読む
国立駅舎01
平成18年以前の国立駅南口
フォトライブラリーより)

かつて国立駅南口(東京都国立市)には東京都内では原宿駅に次いで2番目に古かった駅舎があり、赤い屋根の三角駅舎は国立駅のシンボル的な存在として長年親しまれていましたが、中央線の高架化工事に干渉するため平成18(2006)年10月に解体されました。
しかし国立市は様々な手法を検討して駅舎の保存を模索した経緯もあって、高架化完成後の再建に備えて解体された駅舎の部材を保管していて、駅舎が姿を消してから12年経った平成30(2018)年6月から遂に再建工事(旧国立駅舎再築事業)が始まる運びとなり、平成32(2020)年2月の完成が予定されています。

【国立駅舎】
大正15(1926)年竣工
木造駅舎
近代土木遺産Bランク


[中央線・国立駅舎]の続きを読む
目黒新橋01
目黒新橋

今日は目黒川の桜が見たいという家族の要望に応え、先週に続いて目黒まで行ってきました。東京都内における桜の名所として有名な目黒川には大小幾つかの橋が架かっていますが、このうち目黒通り(都道312号・白金台町等々力線)の目黒新橋は昭和8(1933)年に完成した優美な開腹アーチ橋であり、近代土木遺産に指定されています。

【目黒新橋】
昭和8(1933)年竣工
延長25.7m、幅員22m
RC開腹アーチ
近代土木遺産Cランク


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愛宕隧道01
(大東京)好奇的街景を現はせる愛宕山トンネル
(愛宕隧道 東側坑口)

東京都港区に残った小丘陵のような愛宕山を貫く愛宕隧道は震災復興事業の一環として昭和5(1930)年に完成。当時は日本の土木技術も一定以上の水準に達した昭和時代であり、東京市内(当時)の中心部という立地を考えれば、山ごと取り除かれてもおかしくありませんでしたが、山上には愛宕神社があったため隧道が掘削される結果になりました。


[愛宕隧道(東京都港区)]の続きを読む