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博物館動物園駅跡06
博物館動物園駅跡
(近代土木遺産Bランク)

長女を東京駅まで送って行ったついでに上野まで足を伸ばして、昨年11月23日から内部が公開中の京成電鉄・博物館動物園駅跡に行ってきました。ところが正午頃に到着してみると「本日の入場整理券の配布は終了しました」との事で入場不可という悲劇的展開。ご自由にお入りください的な公開かと思ってたけど、ちょっとリサーチ不足だったな…。こんな事なら東京駅で昼飯なんか食ってないで直行しとけば良かった。
もう一度行けない距離でもないので、公開期間中(2月23日まで)に出直すとしましょう。


[京成電鉄・博物館動物園駅跡②]の続きを読む
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晩翠橋01
晩翠橋
(平成25年4月14日撮影)

那珂川に架かる奥州街道の晩翠橋(栃木県那須塩原市~那須郡那須町)が初めて架けられたのは明治27(1894)年の事。その後は幾度の架け替えを経て、昭和7(1932)年に今日まで優美な姿を誇っている5代目の晩翠橋が完成しました。昭和53(1978)年には下流側に新晩翠橋を含む黒磯バイパスが開通したため幹線道路からは外れましたが、現在も県道55号・西那須野那須線の一部として活用されています。
生憎、私が訪問した時(平成25年4月14日)には補修工事のため、足場に覆われていたのでフォトライブラリーから拝借した写真を以下に掲載しておくとしましょう。


[旧国道4号線・晩翠橋]の続きを読む
櫻橋01
紅葉橋から見た櫻橋

櫻橋は高光川と帝釈川の合流地点付近の神龍湖に架かっている遊歩道の橋です。帝釈峡の水没補償と観光開発の一環として昭和11(1936)年に完成しました。県道25号・三原東城線の紅葉橋とは約180mの距離で、ほぼ平行に架かっているため、橋上から相互に見渡すことのできる位置関係にあります。


[櫻橋(広島県神石高原町)]の続きを読む
紅葉橋01
紅葉橋と三坂第一隧道

紅葉橋は帝釈川ダム(大正13年竣工)の完成によって誕生した神龍湖に架かる橋であり、この橋の架設によって現在の広島県道25号・三原東城線が全通しました。帝釈峡の観光拠点となる立地から架設後には早々に観光名所となり、戦前に撮影された絵葉書が数多く現在に残っています。
この紅葉橋は一車線幅しかなかったため、昭和60(1985)年に現在の紅葉橋に架け替えられましたが、旧橋は同年末に上流約500mの位置に移設され、神龍橋と改称したうえで遊歩道の一部として再利用される事になりました。

【神龍橋(旧・紅葉橋)】
昭和5(1930)年竣工
延長83.9m、幅員4.0m
鋼ワーレントラス橋
近代土木遺産Aランク
選奨土木遺産

昭和60(1985)年廃止、移設


[旧広島県道25号線・紅葉橋]の続きを読む
岩松橋01
上流側から見た岩松橋
(戦前絵葉書より)

岩松橋は旧・津島町内(現・宇和島市)の岩松川に架かっていた旧国道56号の橋です。竣工年は明治末から昭和初期まで諸説あるものの、大正10(1921)年説が有力とされています。下流側に津島大橋(昭和38年竣工、L=157m)が開通した後も生活道路として利用され続け、近年では岩松の町並みと一体になった風景が一定の評価を得つつあったのですが、深刻な老朽化は如何ともしがたく平成23(2011)年に解体撤去されてしまいました。

【岩松橋】
大正10(1921)年竣工?
平成23(2011)年架替
延長81.9m、幅員5.5m、制限重量5.5t
RC桁橋
近代土木遺産Cランク


[旧国道56号線・岩松橋]の続きを読む
田端大橋01
大正12年頃の(旧)田端駅付近

この絵葉書は関東大震災直後の大正12(1923)年9月の田端駅付近を撮影したもの。震災の被害から逃れるために多くの人が線路上を歩いて避難しています。なお、古地図等を見ると日本鉄道によって明治29(1896)年に開業した田端駅は現在地よりも少し北側にあったようです。


[都道458号線・田端大橋]の続きを読む
博物館動物園駅01
博物館動物園駅跡
近代土木遺産Bランク

昭和8(1933)年に開業した京成電鉄の京成上野駅~日暮里駅間(駅間2.1km)には、かつて博物館動物園駅(京成上野起点0.9km)がありました。駅名のとおり東京国立博物館と上野動物園に面した立地でしたが、ホームの長さが4両分しかなかったため次第に停車できる列車が減少し、末期には利用客も200人/日程度と少なくなっていた事から、平成9(1997)年以降は休止扱いとなり、平成16(2004)年に正式に廃止されています。休止後も地下ホームへの出入口は残っていて、最近になって平成30(2018)年秋に駅跡の一部が公開される予定であると報道がありました。
なお、当駅は休止になる2年前の平成7(1995)年には、こち亀に「幻!?の博物館動物園駅の巻」 (コミック95巻に収録)の題名で登場した事があり、この話を私もジャンプで読んでいた世代です。

京成が旧「博物館動物園」駅を21年ぶり公開 今秋、芸大が改修・一般公開

京成電鉄(千葉県)は19日、京成本線京成上野-日暮里間にあった旧「博物館動物園駅」(東京都台東区上野公園)の内部を報道陣に公開した。一般への公開は21年ぶり。平成9年の営業休止、16年の駅廃止後も、駅舎は開業した昭和8(1933)年当時のまま、西洋風の外観を今に留め、構内も営業を休止した時の姿を残している。
(中略)
改修は7~9月に実施。駅舎の外観は残し、入り口から階段の踊り場までのタイルや建具の修繕、清掃を施す。入り口扉は現代美術家の日比野克彦氏がデザインを担当。踊り場から先はガラス張りとなってホームまで行けない造りになるが、構内は展示スペースにする。


産経新聞 平成30年6月19日(火)配信記事より


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旧新橋停車場01
旧新橋停車場
【近代土木遺産Aランク】

明治5(1872)年9月、日本最初の鉄道として新橋~横浜間が開業しました。その後、東海道本線は西に向けて延伸を続け17年後の明治22(1889)年には神戸まで全通し、新橋駅は日本の第一幹線の始発駅として大いに繁栄したものの、大正3(1914)年に東京駅が開業すると新橋駅は新たな本線上に移設となり、旧駅は汐留駅と改称のうえ貨物専用駅となっています(初代・新橋駅舎は大正12年に関東大震災によって焼失した)。
昭和62(1987)年には国鉄の全体的な取り扱い貨物量が減少したため汐留貨物駅は廃止され、都心の一等地に生じた広大な駅跡地は再開発によって日本テレビタワーを始めとする高層ビルが建ち、その一角には鉄道歴史展示室として開業当時の新橋駅舎が再建されました。


[東海道本線・旧新橋停車場]の続きを読む
田井橋梁01
田井橋梁 東側坑門

明治43(1910)年に岡山~宇野間が開業した宇野線は、備前田井駅から児島トンネルにかけて盛土による築堤が多用されたため、元々この地を通っていた道路との交差部には開渠を設ける必要があり、国道30号(現在の県道22号・倉敷玉野線)との交差部には大きな迫石が特徴の田井橋梁が建設されました。昭和43(1968)年に西谷ループ橋が開通し、田井橋梁を潜る道は国道30号からは外れましたが、築100年以上が経過した現在も往時の姿を保っています。

【田井橋梁】
明治43(1910)年開業
石拱渠
近代土木遺産Cランク


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渋谷道玄坂トンネル01
渋谷道玄坂トンネル 神泉側坑口

渋谷駅の西側は開発によって本来の地形が分かりにくくなっていますが、道玄坂をはじめとする丘陵地帯であるため西隣の神泉駅も二つのトンネル(神泉トンネルと渋谷道玄坂トンネル)に挟まれた構造です。このうち渋谷側のトンネルは「渋谷道玄坂トンネル」と言い、神泉側のみ近代土木遺産に指定されています(渋谷側は昭和後期に改築済)。

【渋谷道玄坂トンネル】
昭和8(1933)年開業
コンクリートトンネル(単線並列)
延長約320m
近代土木遺産Cランク


[京王井の頭線・渋谷道玄坂トンネル]の続きを読む