栃木駅舎01
旧栃木駅舎
(魔法陣スーパーカーミュージアム)

両毛線と東武日光線が乗り入れている栃木駅(明治21年開業)は平成15(2003)年に高架化が完成。この際に駅舎も建て替えられる事になりました。洋風の木造建築だった旧駅舎は市内野中町に移設され、魔法陣スーパーカーミュージアムのエントランスとして活用されています。

【旧栃木駅舎】
昭和3(1928)年竣工
平成16(2004)年移設
木建造物
近代土木遺産Cランク
地図


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真岡鐵道01
八木岡隧道
(戦前絵葉書より)

今回の絵葉書は「八木岡隧道」。タイトルと共に「下館写真館発行」と記載があったので、「八木岡」+「下館」でググってみたところ「栃木県真岡市八木岡」なる地名がヒットしました。どうやら撮影地は下館駅(茨城県筑西市)から真岡市を経て茂木駅(栃木県芳賀郡茂木町)までを結んでいる真岡鐵道のようです。しかし、これって明らかに隧道ではなくて跨線橋なのでは?


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旧二条駅舎01
旧二条駅舎

東山のトンネル(東山トンネル花山洞)を訪問した後は、残された僅かな滞在時間(1時間弱)を活用すべくタクシーを拾って京都鉄道博物館(京都市下京区)に移築保存されている旧二条駅舎を見に行く事にしました。
二条駅(京都市中京区)は山陰本線では京都駅から数えて二つめの駅で、明治30(1897)年に京都鉄道株式会社によって開業しました。今回のタイトルとしている二条駅の旧駅舎は、開業から7年後の明治37(1904)年に同社の本社社屋兼駅舎として完成したものが、平成8(1996)年の山陰本線高架化(二条駅~花園駅間)によって現在地に移設されたものです。旧駅舎の由来については京都鉄道博物館の案内板が詳しいので以下に転載しときます。

旧二条駅舎

旧二条駅舎は、京都鉄道株式会社の本社社屋兼駅舎として明治37年(1904)に建てられた。京都鉄道は明治40年に国鉄に吸収され、以後国鉄、次いでJR西日本の駅舎として利用された。
建物は本屋の両端に翼を張り出した左右対称の平面で、その正面と背面に庇をもうけ、正面中央に車寄をもうけている。本屋の中央部分を入母屋造の2階建とし、棟の両端に鴟尾をのせる。両翼は入母屋造、正面中央の車寄は切妻造となっている。全体的には伝統的な和風の意匠を基調とするが、待合所の丸柱の柱頭飾りや上げ下げ式の窓などに洋風の意匠が取り入れられている。また構造的には小屋組にトラスを組む洋風の技術が採用されている。
当所の本屋の1階は中央に広く待合所をとり、手荷物取扱所・改集札係室などを配していた。2階は事務室にあてられていた。また正面向って右側の翼には一二等待合室と特等待合室が廊下を挟んで並び、反対側の翼には貨物係室・駅長室などが置かれていた。
旧二条駅舎は、京都の近代化を体現する建築遺構であるだけでなく、明治期に建築された本格的な和風駅舎としては現存する唯一のものであり、平成8年4月1日、京都市指定有形文化財に指定された。


【旧二条駅舎】
明治37(1904)年竣工
平成8(1996)年移設
木建造物(入母屋屋根、中央部2階建)
近代土木遺産Aランク
地図

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花山洞01
東山隧道 山科側坑口

国道1号の東山隧道は上下線共に歩行者の通行が禁止されており、その代わりとして上り線トンネル(山科行き)の傍に歩道トンネルが設置されています。

【東山隧道】
昭和42(1967)年開通
延長259m(上り線)、275m(下り線)


[京都府道116号線・花山洞]の続きを読む
東山トンネル01
東山トンネル 大津側坑口

明治13(1880)年に開業した東海道本線の京都駅~大津駅間は現在の経路とは異なり、京都駅から奈良線のルートで稲荷駅付近まで南下して東山を迂回し、山科の勧修寺から大谷駅を経て(旧)逢坂山トンネルで大津に抜けていました。
この旧ルートは25‰の勾配が連続していた為、輸送量の増大に伴い列車の運行に支障を生じてきた事から、勾配を抑える長大トンネルが計画されるようになり、大正10(1921)年に東山トンネル(L=1,865m)と新逢坂山トンネル(L=2,325m)を通る新線が開通しています。

【東山トンネル】
大正10(1921)年開通
延長1,865m
選奨土木遺産
近代土木遺産Aランク



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琵琶湖疏水01
山科区の琵琶湖疏水

琵琶湖疏水は琵琶湖の湖水を京都市内に引き込み、水道、農業、工業、発電、舟運等、様々な用途に活用する為に建設された水路で、明治23(1890)年に大津市の三保ヶ崎から山科、蹴上を経て鴨川との合流地点まで開通しています。
この間には建設当初は1~3号の3つの隧道があり、いずれも近代土木遺産に指定されている事から、京都出張に行った際に範囲を山科区内に絞って見に行って来ました。
まずは山科駅から諸羽トンネルの吐口に移動して、ここから疏水沿いの遊歩道を3号トンネル呑口まで歩く計画です。


[琵琶湖疏水の近代土木遺産(京都市山科区)]の続きを読む
加古川バイパス01
新在家歩道橋から加古川バイパスを見る(西側)
(平成29年3月16日撮影)

国道2号線の加古川バイパスは戦前に計画されていた新幹線「弾丸列車」の建設用地を転用している事で知られています。
弾丸列車計画は昭和16(1941)年に着工したものの、戦局の悪化によって昭和18(1943)年に中断するのですが、この2年間の動きは用地買収がメインだったため、実際に工事が行われたのは難工事が予想されていた3つの長大トンネル(新丹那、日本坂、東山)だけでした。
戦前に確保していた鉄道用地は、大阪以東では東海道新幹線(昭和39年開業)に転用され早期開通に大きく寄与したものの、着工が昭和42(1967)年と遅かった山陽新幹線の区間では多くが元の地権者に返還されていた為、弾丸列車とは別ルートで建設される事になった訳です。
もし山陽新幹線が東海道新幹線と同時に着工していたとしたら、弾丸列車の用地を活用したとされる第二神明や加古川バイパスのルートを通っていたのかもしれません。


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坂下隧道01
(新)坂下隧道 又口側坑口
(戦前絵葉書より)

国道425号線の坂下隧道(三重県尾鷲市)には明治時代の内に新旧二つの隧道が開通しています。
旧隧道は又口川沿岸から産出される木材搬出のため明治33(1900)年に私設の道路として開通しました。当時の国内では自動車はおろか森林鉄道さえも十分に普及しておらず林道としての道路隧道は大変珍しく画期的な存在でした。しかしながらこの隧道は開通から間もなく尾鷲町側の取付道路が大崩落を起こし、復旧に際してより長大な新隧道の掘削が決定したことから、旧隧道は開通から僅か10年ほどで使命を終えました。

【(新)坂下隧道】
明治44(1911)年竣工
延長333.3m、幅員2.5m、高さ4.6m(制限高3.5m)


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久野脇橋01
久野脇橋

アプトいちしろ駅を目指して駿遠国境の大井川を遡っていると、大井川を一跨ぎにしている長大な木造吊橋が目に入りました。塩郷の吊橋こと久野脇橋です。駿遠国境の大河である大井川には戦前から同規模の吊橋が多く架設されてきましたが、通行可能な状態で現存している吊橋は多くありません。

【久野脇橋】
昭和7(1932)年11月竣工
延長220m
吊橋(RC主塔)
近代土木遺産Bランク


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第二領地橋梁01
第二領地橋梁を渡る「あしずり3号」

愛媛に住んでいた頃には正確な架橋位置が分からなかった第二領地橋梁(土佐新荘駅~安和駅間)の所在が遂に判明したので、年末の帰省時に見に行って来ました。
第二領地橋梁が完成したのは昭和13(1938)年(開業は昭和14年)。日中戦争から太平洋戦争にかけて鋼材が不足していた時代であり、この時期に掛けられた鉄道橋には同様のコンクリートアーチ橋が多く見られます。これらのコンクリート橋の中には鉄筋の代わりに竹が使用されている(竹筋橋)と噂されているものさえありますが、第二領地橋梁については鉄筋の代用として古レールが使われているそうです。

【第二領地橋梁】
昭和13(1938)年竣工
延長107.7m
RC開腹アーチ橋
選奨土木遺産
近代土木遺産Aランク



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