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突合橋01
突合橋
(戦前絵葉書より)

先日、「伊豫上浮穴郡田渡村突合徳岡庭園前 突合橋」というタイトルの絵葉書を入手。突合(つきあわせ)とは現在の喜多郡内子町吉野川にある小字の一つで、国道379号と国道380号が交差している古くからの交通の要衝です。木造トラスと思しき絵葉書の突合橋は当然ながら現存しておらず、昭和11(1936)年にRC造りの吉野川橋に架け替えられています。

【突合橋】
明治41(1908)年竣工
延長25.4m、幅員4.0m
木鉄混交橋
昭和11(1936)年廃止


[旧国道379号線・吉野川橋]の続きを読む
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山仮屋隧道01
坂元橋
(平成19年8月15日撮影)

平成19(2007)年に山仮屋隧道(宮崎県日南市)を目指して県道28号・日南高岡線を北上していると、県道33号・都城北郷線との分岐を過ぎた辺りで全長の半分程度が欠損した状態のRC橋を発見。後で調べたところによると、この橋は旧県道28号の坂元橋と言い、高千穂鉄道を廃線に追いやった平成17年台風14号によって一部が落橋する被害に遭ったそうです。データがないので諸元は不明ですが、見たところでは全長は約100m、幅5m、竣工年は昭和10(1935)年から30(1955)年頃ぐらいでしょうか。


[旧宮崎県道27号線・山仮屋隧道]の続きを読む
大川橋07
大川橋
(平成19年3月17日撮影)

祖谷口駅前の吉野川に架かっている大川橋が数年前(正確には平成30年9月からとのこと)から通行止になっていることは承知していました。しかし、今年になって撤去工事をしているとの情報を得たため現地に駆けつけてみると、既に補剛桁の撤去は終わっており、吉野川に数多くある他の吊橋跡地(歩危観橋など)と同じく主塔だけが墓標のように屹立している状態でした。また、民家に近接している右岸側の主塔はシートに覆われていたので、倒壊防止対策として撤去している最中なのでしょう。

【大川橋】
昭和10(1935)年竣工
延長150m、幅員3m
鉄トラス補剛桁、吊橋
総工費58,000円
平成30(2018)年廃止
近代土木遺産Bランク


[旧徳島県道270号線・大川橋]の続きを読む
山吹橋01
山吹橋
(平成25年7月2日撮影)

富山県富山市八尾町の井田川に架かっている山吹橋は、神通川に架かっていた神通川橋(又は神通橋)を昭和30(1955)年に現在地に移設したもの。移設前の神通川橋についてググってみましたが、該当する吊橋に関する情報を見付けることはできませんでした。現在の山吹橋の橋長は78m(鋼トラスの部分は少し短い)であり、この長さから判断すると国道41号の笹津橋(L=85m)よりも上流の神通川に架かっていたのではないかと推測します。また、笹津橋付近から上流に向けての神通川には、昭和28(1953)年から同29(1954)年にかけて神通川第一~第三ダムが相次いで完成していて、元々の神通川橋(現・山吹橋)の架設地点はダムによって水没することになったため現在地に移設されたと考えることもできそうです。

【山吹橋】
昭和30(1955)年に現在地に移設
延長78m、幅員‐m
鋼トラス吊橋
近代土木遺産Cランク


[山吹橋(富山県富山市)]の続きを読む
汐木港跡01
荒魂神社の常夜燈大平社

瀬戸内海の三野津湾から瀬入川を2kmほど遡った汐木山(香川県三豊市)の麓には、昭和12(1937)年まで江戸時代初期に丸亀藩が開いた汐木港がありました。現地の案内板には「百石船が出入りした…」 との記載があるものの、江戸時代に瀬戸内海で主流だった弁才船の積石数は110石~960石らしく百石船は大きな船とは言えません。瀬入川をさかのぼる必要があったことを考えると、汐木港に出入りする船は比較的小型のものが中心だったと推測されます。昭和初期に廃港となった原因も船舶の大型化に対応できなかったためなのでしょう。
瀬入川に面した位置にある荒魂神社の常夜燈大平社は、元々は汐木港の灯台として建立されたものなんだそうです。


[汐木港跡(香川県三豊町)]の続きを読む
日見隧道01
日見隧道 諫早側坑門
(戦前絵葉書より)

国道34号における長崎市街の玄関口に当たる日見隧道は大正15(1926)年に開通したもの。交通の要衝だけに当時としては国内最大級の規格で建設されており、現代の大型車同士でも無理なく離合できるだけの断面を有しています。しかし、隧道への取付道路は急坂、急カーブが連続する峠道であり、隧道自体が市街地に近いこともあって渋滞も多発していたことから、平成13(2001)年12月には日見バイパスの新日見トンネルが開通しました。以後の日見隧道を含む旧国道34号は、県道116号・長崎芒塚インター線に移管されて現在に至っています。

【日見隧道】
大正15(1926)年竣工
延長642.0m、幅員6.7m、高さ4.5m
近代土木遺産Bランク
国登録有形文化財


[旧国道34号線・日見隧道]の続きを読む
長瀬橋01
左岸側から見た長瀬橋
(令和元年12月30日撮影)

柚木寺原橋から2.7km下流の緒方川には、大正12(1923)年に完成した6連石アーチの長瀬橋が架かっています。この橋は早くから県道(現在の路線名は県道7号・緒方高千穂線)に所属していたため更新が早く、昭和48(1973)年には隣に新長瀬橋が開通して、現在は上年野地区の生活道路として余生を送っています。比較的早くに現役を退いたことが功を奏したのか、大部分の欄干と親柱3基が残っていて保存状態は良好。


[旧大分県道7号線・長瀬橋]の続きを読む
柚木寺原橋01
下流側から見た柚木寺原橋
(令和元年12月30日撮影)

大分県豊後大野市内の生活道路に架かる柚木寺原橋(ゆぎてらばるばし)は、両岸の地名をくっつけただけのシンプルなネーミングの石橋です。昭和3(1928)年の架設当時には緒方川を挟んで大分県大野郡内の上緒方村柚木と小富士村寺原の境界でした(両村とも昭和30年に緒方町と合併して同町の一部になっている)。


[柚木寺原橋(大分県豊後大野市)]の続きを読む
相坂堰堤01
相坂堰堤
(令和2年12月27日撮影)

徳島県板野郡御所村(土成町を経て現在は阿波市の一部)一帯は古来より灌漑用水が乏しく、これを改善するために宮内谷川支流の内谷川に灌漑用ダムが計画され昭和14(1939)年に相坂堰堤が竣工しました。相坂堰堤をもってしても付近の水不足は解消できなかったらしく、また、本流の宮川内谷川では昭和20年代に洪水被害が頻発したことから、治水、灌漑の多目的ダムとして昭和39(1964)年に宮川内ダムが完成しています。

【相坂堰堤】
昭和14(1939)年竣工
堤高15.85m、総貯水量245,000 m³
粗石コンクリート重力式ダム
近代土木遺産Bランク


[相坂堰堤(徳島県阿波市)]の続きを読む
水府橋01
水府橋
(戦前絵葉書より)

昭和45(1970)年に水戸バイパスが開通するまでの国道6号は、東茨城郡茨城町長岡から県道50号・水戸神栖線を北上し、水戸駅前からは県道232号・市毛水戸線を通る経路でした。このうち、現在の県道232号になっている区間には昭和7(1932)年に開通した那珂川を渡る水府橋がありました。
なお、水府橋架設以前の国道6号(陸前浜街道)は、1.2kmほど上流に位置している寿橋(県道253号・水戸枝川線)を渡っていたとのことです。


[旧国道6号線・水府橋]の続きを読む