檮原橋01
(旧)檮原橋
(平成13年2月25日撮影)

早いもので旧国道197号の檮原橋(高知県高岡郡檮原町)が失われてからもう10年にもなります。
先代の檮原橋は昭和11(1936)年3月、県道宇和島須崎線(国道197号と国道320号の前身)の一部として檮原川に架設されたものですが、昭和57(1982)年に町の中心部を迂回する飯母第一、第二隧道が開通したため国道からは外れました。その後、しばらくは高知県道26号・中平梼原線に所属していたものの、平成2(1990)年には県道26号にもバイパスとして和田島橋が開通したため再度旧道落ちして最終的には檮原町道に落ち着いていたのでした。

【(旧)檮原橋】
昭和11(1936)年竣工
平成19(2007)年廃止
延長30m
RC桁橋


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肱川橋15
肱川橋北交差点から見た肱川橋
(平成28年11月12日撮影)

先日、架替工事が始まった肱川橋の旧橋(大正2年架設)について記事にしたばかりですが、思いのほか早くに帰省する事ができたので、仮設橋の開通によって残すところは撤去を待つばかりとなった現橋(昭和36年架設)についても比較写真で紹介しておきましょう。


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西平井橋01
(旧)西平井橋の親柱
(平成23年2月26日撮影)

「イオンモール日の出」辺りから都道185号・山田平井線を北上すると、西平井交差点にて都道184号・奥多摩あきる野線に突き当たります。この交差点の片隅には信号待ちの僅かな待ち時間にも、明らかにそれと分る立地で旧橋の親柱が保存されています。親柱に刻まれた竣工年は昭和4(1929)年5月、新橋に架け替えられたのは平成9年(1997)の事です。

【(旧)西平井橋】
昭和4(1929)年竣工
延長29.3m、幅員7.4m
RC桁橋
平成9(1997)年廃止


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肱川橋01
(旧)肱川橋
(戦前絵葉書より)

大洲街道(現・国道56号)の肱川橋は明治6(1873)年に浮亀橋(うききはし)という名の舟橋が架設された事に始まります。大正2(1913)年には肱川では初めての永久橋となる肱川橋(鋼トラス橋)に架け替えられ、肱川橋によって不要となった浮亀橋の資材は少し上流側の冨士橋(旧県道44号)に転用されました。


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冨士橋01
戦前の冨士橋

肱川第一の景勝地として知られる臥龍淵(愛媛県大洲市)。
大正2(1913)年に肱川橋が完成すると、肱川橋の旧橋である浮亀橋(舟橋)が臥龍淵の少し上流に移設されました。この舟橋が初代の冨士橋(とみすばし)に当たります。その後、昭和初期にはコンクリ製の沈下橋(上の絵葉書に写っている橋)に架け替えられたとみられるものの、この橋については大洲市誌等にも記載がなく詳細は不明です。


[旧愛媛県道44号線・冨士橋]の続きを読む
富山の路面電車01
富山大橋
(戦前絵葉書より)

富山大橋は国道8号(当時は大正国道11号)が神通川を渡る橋として昭和10(1935)年に架設されました。橋の中央部には富山地鉄市内線の軌道が敷かれ、当時の富山県内では最先端かつ最大規模の橋でした。昭和49(1974)年には富山高岡バイパスが開通したため国道8号からは外れたものの、新たに県道44号(富山高岡線)の指定を受け、引き続き富山市内における東西交通の一端を担い続けていました。
しかしながら車道部分が上下一車線ずつしかないため当橋に起因する渋滞は年々激しくなり、築60年以上が経過した2000年代に入ると老朽化も顕著になってきました。そこで平成18(2006)年から架け替え工事が始まり、6年後の平成24(2012)年には(新)富山大橋が開通しています。
なお、(旧)富山大橋の架設以前には同じ位置に神通新大橋(明治42年開通)という木橋が架かっていました。(富山大橋のパンフ


[旧富山県道44号線・富山大橋]の続きを読む
開運橋01
先代の開運橋
(戦前絵葉書より)

明治23(1890)年に開業した東北本線・盛岡駅は県庁や市役所が立地している盛岡市の中心部とは北上川によって隔てられていた為、盛岡駅開業に合わせて市街地と駅を結ぶ位置に開運橋(初代の木橋)が架設されました。当初は県知事が私費で建設した事もあって通行料金が徴収される有料道路でしたが、開通の翌年には盛岡市に移管となり無料開放されています。初代の橋は開通から6年後の明治29(1896)年に流失し、その後も何度か架け替えられているようで、絵葉書に写る開運橋がいつ架け替えられた物なのかは私の勉強不足のため判明しませんでした(昭和28年に開通した現橋の先代に当たるのは間違いない)。


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御岳橋01
奥多摩 御嶽神社参道 御嶽橋
(戦前絵葉書より)

9/20(火)・21(水)と休みを取って6連休にして東北に行くつもりだったのですが、台風16号の影響で雨の予報が続いていた事から予定を断念して自宅でずっと鬱々としていたのでした。関東地方では今日になってようやく雨が上がってきたので、ささやかながら御岳橋(東京都青梅市)の比較撮影に行って来ました。


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九島大橋09
九島大橋(奥が九島側)

今年の4月に宇和島市坂下津と九島を結ぶ九島大橋が開通しました。当橋の着工は私が愛媛を離れた後の平成25(2013)年であり、架橋地点が幹線から外れた宇和島市の郊外(坂下津)だった事から、工事中には一度も訪れた事はありませんでしたが、開通したとなると放ってはおけず夏の帰省時に見に行ってきました。
ちなみに九島大橋付近の海域は生産量日本一を誇っている真鯛の養殖場になっていて、9月末に台風16号が接近してきた時には、九島大橋南詰で収録された出荷への影響を案じる報道が立川でも流れていました。

【九島大橋】
平成28(2016)年4月3日開通
全長468m、幅員7.25m
総工費70億円


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白川橋01
白川橋と白川橋梁
(奥が高知側)

小歩危峡(吉野川)の北端部に注ぐ白川谷川には、国道32号線の白川橋と土讃線の白川橋梁が並んで架かっています。
白川橋梁を含む三縄駅~豊永駅間は南北から伸びてきた土讃線では最後の開業区間であり昭和10(1935)年に開業しました。しかしながら後に土惨線と呼ばれる事になる土讃線では、全通後にも土砂災害が頻発する箇所のルート変更が必要となり、昭和25(1950)年には早くも山城谷トンネルが新設され、これに合わせて白川橋梁も架け替えられました(架橋位置は変わらず)。つまり、初代の白川橋梁は僅か15年で使命を終えて撤去されてしまった訳です。

【白川橋梁】
昭和25(1950)年架換
上路ワーレントラス(L=46.8m)+ プレートガーダー


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