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穴吹川橋01
穴吹川橋
(平成19年11月4日撮影)

徳島県美馬市には戦前の名橋として有名だった穴吹橋(旧国道193号)がありましたが、近くには似たような名前の穴吹川橋(旧国道192号)が現存しています。吉野川に架かっていた穴吹橋が当時の町名を冠する町のシンボル的な橋だったのに対し、穴吹川橋の方は「穴吹川(二級河川)に架かる橋」という意味で名付けられたものです。穴吹川橋を含む旧国道192号は、約1.3kmの間に2回も徳島線との踏切があった上に、左岸側が旧穴吹町の中心街を通っていたことから国道192号の中でも比較的早期に改修が始まり、昭和41(1966)年には下流側にバイパスの穴吹新橋が完成しました。

【穴吹川橋】
昭和13(1938)年竣工
延長140m、幅員5.5m、制限重量12t
RC桁橋


[旧国道192号線・穴吹川橋]の続きを読む
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奥の沢橋01
新旧の橋が並ぶ奥の沢橋
(平成23年4月16日撮影)

相模湖畔の国道20号には相模湖に注ぐ支流に数多くの橋が架かっており、これらの橋はいずれも昭和30年代から40年代に架け替えられています。この中で旧橋が唯一現存しているのが与瀬の奥の沢橋であり、現橋のすぐ上流側に並んで架かっているため非常に目立つ存在です。


[旧国道20号線・奥の沢橋]の続きを読む
御幸橋01
拡幅前の御幸橋
(平成19年11月25日撮影)

愛媛県道25号・八幡浜宇和線は八幡浜と卯之町を結ぶ南予の重要な幹線道路である事から、早くから一時改築が実施され昭和40年代にはほぼ2車線幅に拡幅されていました。しかし一時改築は現道拡幅がメインだったため、鳥越峠の急坂、急カーブは解消されておらず、平成13(2001)年に笠置トンネルが開通したほか、狭い2車線部分を拡幅する二次改築に着手しており、双岩の御幸橋も該当箇所の一つです。
御幸橋自体は全長が道幅よりも短い程度の小橋ですが、北詰が旧・双岩村の道路元標設置に指定されていたので、捜索に赴いたところ拡幅工事の真っ最中でした。


[愛媛県道25号線・御幸橋]の続きを読む
潮江橋05
初代・潮江橋と土佐電の橋梁
(戦前絵葉書より)

高知市内の交通の中心であるはりまや橋から県道34号(桂浜はりまや線)を南下すると、すぐに鏡川に架かる潮江橋(うしおえはし)を渡る事になります。潮江橋が初めて架けられたのは明治36(1903)年、それまでは西隣に位置する天神橋(現・天神大橋)が高知城下と桂浜、浦戸方面を結ぶ主要路でした。3年後の明治39(1903)年には土佐電・桟橋線が開業し、潮江橋の下流側に鉄道専用橋が架設されました。

【初代・潮江橋】
明治36(1903)年竣工
延長132m、幅員4.2m
木鉄混合トラス橋
昭和3(1928)年架替


[高知県道34号線・潮江橋]の続きを読む
葛島橋01
葛島橋と国分川橋梁
(戦前絵葉書より)

高知市西部の国分川に架かる葛島橋(旧国道55号)と国分川橋梁(土佐電)を撮影した絵葉書。葛島橋は大正13(1924)年に、国分川橋梁は明治43(1910)年に開通しています。


[国道195号線・葛島橋]の続きを読む
瀧渡瀬橋01
日野川橋
(本邦道路橋輯覧より)

本邦道路橋輯覧」を見ていると愛媛県上浮穴郡にあった日野川橋(国道380号)と瀧渡瀬橋(県道212号)が写真付きで掲載されているのを発見。地元なので両橋とも現存していない事は知っていたけど、せっかくだから現状との比較写真を撮影してきました。

【日野川橋】
大正13(1924)年竣工
延長14.5m、幅員4.5m
RC桁橋
総工費5,855円
平成12(2000)年架替


[日野川橋と瀧渡瀬橋]の続きを読む
阿波中央橋01
阿波中央橋北詰

コインスナック御所24と鴨島のガストを行き来するために、私が好きな国道318号の阿波中央橋を10年ぶりぐらいに渡りました。
阿波中央橋は吉野川に架かる永久橋としては吉野川橋(国道11号)、穴吹橋(国道193号)、三好橋(国道32号)に次ぐ4番目に完成した橋で、戦後では初となる吉野川への本格的な架橋事業でした。橋名の由来は吉野川橋と穴吹橋の中間地点付近に架かっている事に由来しています(吉野川橋から約20km、穴吹橋から約18km)。戦後の完成なので近代土木遺産等には指定されていませんが、1km近い13連もの長大なワーレントラスは壮観の一言です。

【阿波中央橋】
昭和28(1953)年竣工
延長821m、幅員6m
鋼ワーレントラス橋(13連)


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鹿野川大橋01
二代目・鹿野川大橋

国道197号と旧肱川町役場を結ぶ位置に架かる鹿野川大橋(愛媛県大洲市)は、従来の渡し船に代わって昭和11(1936)年に開通したものです。この初代・鹿野川大橋はRC桁橋で、肱川本流に架設された永久橋としては肱川橋(国道56号)、大川橋(国道197号)、長浜大橋(国道378号)、大和橋(県道28号)と並んで最古の部類に該当しますが、開通から僅か9年後の昭和20(1945)年に発生した枕崎台風によって流失してしまいました。戦後の混乱期が一段落着いた昭和26(1951)年に、橋台等の一部を再利用して吊橋として再建され、昭和53(1978)年に少し上流に現在の橋が開通するまで利用されました。

【二代目・鹿野川大橋】
昭和26(1951)年竣工
延長101m、幅員3.0m
吊橋
昭和53(1978)年架替


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新橋01
明治から大正にかけての新橋
(戦前絵葉書より)

日本における鉄道発祥の地(明治5年9月、横浜~新橋間開業)である新橋の地名は、汐留川に架かっていた新橋に由来しています。江戸時代から明治時代にかけての新橋は木橋や土橋でしたが、明治32(1899)年に近代的な鋼アーチ橋(上路)が完成しました。同年には新橋の北詰に帝国博品館勧工場(写真左)とエビス・ビアホール(写真右)が開業しており、明治維新の文明開化ほどではないにせよ、新橋地区にとっては画期的な年であったに違いありません。


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小袋谷跨線橋02
【A地点】 大船工場専用線の踏切跡
(平成25年2月16日撮影)

富士見町駅(湘南モノレール)からモノレール下の市道(昭和6(1931)年に開通した旧・京浜急行有料道路)を小袋谷跨線橋に向けて歩くと踏切の跡があります。これは列車の点検や修理が行われていたJR大船工場への専用のもので、平成18(2006)年3月に大船工場の閉鎖に伴って廃線になりました。


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