氷川隧道01
氷川名所 氷川隧道
(戦前絵葉書より)

氷川隧道(東京都西多摩郡奥多摩町)の戦前絵葉書を入手しました。これまでに何度も通った事がある隧道なので、現状は百も承知だったけど改めて現地確認をしてきた次第。


[旧国道411号線・氷川隧道]の続きを読む
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野越トンネル22
野越峠周辺地図
(平成26年道路地図より)

新野越トンネルが建設される運びとなった原因としては築50年を経過した野越トンネル(昭和42年開通)の狭隘さばかりが目立っていますが、明治34(1901)年に開通した郡道・津野山線を拡幅しただけで、ほぼそのまま活用している野越峠西側の悪線形が最大の要因でしょう。


[国道197号線・野越トンネル【後編】]の続きを読む
野越トンネル01
野越トンネル周辺地図

平成27年度から国道197号線にて旧来の野越トンネル(高知県高岡郡・檮原町~津野町)をバイパスする新野越トンネル(L=796m)の本体工事が始まりました。
上記区間の現道は昭和40年代から50年代にかけて一次改築が行われている為、2車線に拡幅済みであるものの旧道を拡幅した箇所には最小曲線半径30mのカーブを含む急カーブが連続しており、布施ヶ坂トンネル(平成3年11月開通)の開通によって快走路に生まれ変わった国道197号線の中ではちょっとした難所として残っています。


[国道197号線・野越トンネル【前編】]の続きを読む
久保川トンネル01
久保川トンネル 西土佐側坑口
(平成18年6月30日撮影)

10年前に国道441号線の四万十区間(平成5年に国道昇格した四万十川沿いの約35km)を走行中に、市内久保川において久保川トンネルが建設中でした。国道に昇格した平成5(1993)年頃は同国道・四万十区間のトンネルは、塩塚坂に掘られていた塩塚トンネル(昭和48年竣工、L=212m)があるばかりでしたが、国道昇格から20年以上が経過した現在では北側から網代トンネル(平成26年2月開通、L=1,908m)、久保川トンネル、鵜ノ江トンネル(平成11年開通、L=260m)、川登トンネル(平成24年開通、L=148m)、塩塚トンネルの5つのトンネルが開通しており、今後は口屋内地区にも屈曲した四万十川沿いの現道をパスする約2kmのトンネルが計画されています。


[国道441号線・久保川トンネル]の続きを読む
三坂峠23
【A地点】 三坂峠の大ヘアピンを登坂する国鉄バス
(昭和40年代の絵葉書より)

国鉄バス「松山高知急行線」は四国では初となる省営自動車の「予土線」(現在のJR予土線とは無関係)として昭和9(1934)年に松山~久万間が開業しています(昭和26年に高知まで延伸開業)。省線・予土線(松山高知急行線)は開業以来長らく松山~高知間の最短経路である国道33号線を経由していましたが、四国の高速道路網の整備が進んだ2000年代からは松山道→高知道のコースが主流となり、かつては多くの交通で賑わった国道33号線の予土国境は路線バス空白地帯になる程に衰退してしまいました。
三坂峠

松山と高知を結ぶ最短コース松山高知線の三坂峠から眼下に松山市内、瀬戸内海が一望できます。「なんごく号」は松山高知間3時間30分、7時30分、8時(この間1時間ごと発車)18時、18時30分発車座席指定制(みどりの窓口で)、リクライニングシート、冷暖房車。



[国道440号線・三坂峠③]の続きを読む
夜昼隧道25
夜昼峠の旧国道197号

今回の帰省時に国道197号・夜昼隧道の旧道(昭和46年旧道落ち)を走行中に国道標識を発見しました。
夜昼峠の旧国道は20年以上前から数十回は通っており、最近では今年の夏にも通過しているのですが、不思議な事に今回まで全く気付けませんでした。web上に掲載された夜昼峠の記事を一通り確認してみても、峠道に数多く残存している白看については紹介されているものの、この国道標識に触れた記事を見付ける事はできませんでした。

地図

[夜昼峠旧道の国道標識]の続きを読む
蔵貫浦01
伊豫西宇和郡三嶋村蔵貫浦ヨリ極山ヲ望ム

愛媛県西宇和郡三島村は極山(ごくざん)を源流とする三島川の河口(蔵貫浦)を中心に形成された宇和海に面した漁村の一つでした。昭和30(1955)年に(旧)三瓶町、二木生村と合併して(新)三瓶町となり、三瓶町は平成の大合併によって西予市の一部になっています。宇和海沿岸の集落の産業は主に漁業、柑橘栽培ですが、三島村では豊富な水源を活かして稲作も盛んに行われていました。


[愛媛県西宇和郡三島村]の続きを読む
新町商店街01
新町商店街
(戦前絵葉書より)

古来より瀬戸内、豊後水道の海上交通における重要拠点の一つだった愛媛県八幡浜市は、かつては海運の便を活かして「伊予の大坂」と呼ばれる程の繁栄を謳歌していました。当時の八幡浜のメインストリートになっていたのが市街地を南北に縦断している新町通り(新町商店街)でした。


[新町商店街の白看(愛媛県八幡浜市)]の続きを読む
金山橋02
【A地点】 南側から撮影した金山橋
(平成28年3月19日撮影)

帰省時に大洲市内の旧国道56号を走行していると平成25(2013)年3月に国道441号・北只バイパス(愛媛県大洲市)が開通した事によって、旧国道56号線の金山橋からの景色が一変している事に気付きました。
金山橋は昭和43(1968)年に開通した大洲隧道の旧道(国道56号)の南口に当たっています。この旧国道56号の大部分は現在では国道441号線の指定を受けていますが、元々が旧道である上に市内北只~松尾間には並行路線である国道56号→広域農道が2車線完備されている為、改修工事はは遅々として進まないようです。


[国道56号線・大洲隧道]の続きを読む
県道108号01
旧国道381号線
(愛媛県北宇和郡松野町)

今回は以前紹介した愛媛県道9号・新居浜山城線と同様に、前時代の路線番号が青看の更新漏れにより現存している例を2件紹介しときます。
まずは松野町内の旧国道381号に設置されている青看の県道108号表記について。平成28年現在では愛媛県道に108号という路線番号は存在せず欠番になっています。これは平成5(1993)年に県道108号・西土佐松野線(一般県道)が路線名はそのままに県道8号・西土佐松野線(主要地方道)に昇格した事によるものです。当該青看が建っている松野町内の国道381号線はweb上には記録が残っていないものの、私が自動車免許を取得した少し後に旧道落ちしたと記憶しているので、平成12(2000)年頃にバイパスが開通したはずです。
なお、西土佐松野線はここから滑床渓谷の入口に当たる目黒を経て高知県四万十市(旧西土佐村)の津大橋西詰(いわき食堂の傍)で終点となります(約27km)。


[愛媛県道108号線と192号線]の続きを読む