松丸駅

突然ですが仕事の都合で東京に引越す事になりました。
6年間お付き合い頂いた四国の道路趣味者の皆様、本当にお世話になりました。
愛媛には当分戻れる予定はありませんが、四国ネタは十分に溜まっているので今後も四国+関東周辺の道系サイトとしてよろしくお願いしますm(__)m

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去る3月10日。私の父が他界しました。

享年55才。心不全によるあまりに突然の死であり、家族の誰もが最期を看取る事が出来ませんでした。
父と最後に会ったのは半年前。…あの時は、これが父との今生の別れになるとは夢にも思わなかったのです。

私はご存知の通り「道ヲタ」で、20代の間は日々の生活を自分の好きな探索を中心にしているけど、30代からは親孝行を本格的に考えて行こうと思っていましたが、それは叶わず何ら親孝行をする事は出来ませんでした。唯一、親孝行が出来たとしたなら、それは孫を見せてあげられた事だけでしょうか。

私は生まれて初めて喋った言葉が「てんどう」(トンネルの意味らしい)だったと父から聞かされており、幼少の頃から大の道好きだったので、父はそんな私を喜ばそうと幼児の頃から寒風山隧道や別子ラインを始め、四国で初めて開通した高速道路(土居~三島川之江)等によく連れて行ってくれたものです。
私が中学生になった頃からは父とのドライブ範囲も格段に広がり、北海道稚内から鹿児島佐多岬まで日本の中で私のナビと父の運転で通っていない都道府県は茨城県、千葉県、埼玉県、東京都それに愛知県に沖縄県だけです。高校に合格した時などはとても喜んでくれて「どんな旧道でも通ってやる」と言ってくれました。私にはそれが何よりのご褒美だと父には解っていたのです。この頃の経験は私の中では90年代の道路の記憶として鮮明に残っています。

道路好きの私には、かくも愛情に溢れる父がいた事を当ページに記録したいと思い、簡単にではありますが今回の記事を書かせてもらいました。この記事を読んで頂いた同好の方の中にも、父の冥福を祈って頂けた方がいれば、息子としては望外の幸せであります。



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